兵庫県豊岡市にある「出石(いずし)城」は、1604年に小出吉英によって有子山の麓に築かれた城です。
1868年(明治元年)に出石城の建物はすべて取り壊されましたが、現在は当時の石垣に隅櫓や登城門が復元され、城が建っていた時代をしのぶことができます。
また、出石町はかつての城下町として観光地になっていて、訪れた時はたくさんの観光客が訪れていました。
出石城跡は無料で開放されていて、車で来た場合は大手前駐車場と西の丸市営駐車場が、出石城跡から近い場所にあります。
城跡の散策
谷山川に架かる登城橋を渡ると、訪れた時期が夏場だったので川に風鈴が吊り下げられていて、涼しげな音色を奏でていました。
江戸時代には谷山川は無く、登城橋は1994年に架けられたものです。
登城門をくぐり、城内を歩いていくと二の丸跡と本丸跡につきます。
庭園の跡が残っている本丸跡には、1968年に町民の寄付で建てられた東西の隅櫓と、明治時代に仙石家の旧臣によって建てられた感応殿がありました。
本丸跡から見ることができる山側の高石垣は築城時のもので、但馬地方では最大規模を誇り、高さが13.5mあります。
感応殿に祀られている仙石秀久は、豊臣秀吉に仕えた古参の家臣で、数々の軍功により家臣団の中でいち早く大名になった豪傑です。
九州討伐の際に失態をおかして高野山に追放されますが、小田原討伐の時に馳せ参じて軍功を挙げたため大名に復帰し、豊臣秀吉の死後は徳川方に付いて幕府からの信頼が厚く重用されるようになりました。
ちなみに出石皿そばの由来は、仙石秀久の子孫である仙石政明が信濃上田藩から但馬出石藩に国替えをした際に、信州のそば職人を連れてきたことがきっかけとなり、今の出石皿そばのスタイルができたそうです。
城内にはお城坂と呼ばれる37基の鳥居が並んだ参道があり、参道を進んでいった先には有子山稲荷社があります。
有子山稲荷は出石城本丸跡の上にあり、城下町であった出石の街並みを一望できます。
城内をひととおり見てまわった所要時間は、30分ぐらいでした。
基本情報
住所
〒668-0214
兵庫県豊岡市出石町内町
アクセス(電車・バス)
JR山陰本線「豊岡」で下車→全但バス「出石」で下車→徒歩5分
駐車場(普通車)
西の丸市営駐車場・大手前駐車場を利用 400円